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2012.07.31

07|エンジニア・アーキテクトが展開するマネジメント・コンサルティング

関口 佳司(関口佳司マネジメント・コンサルタント&景観研究所|EA協会)

現在、“すばらしい景観だなあ・・・”と思う眺めで、建造物が関係するものの多くは、歴史的文化的景観に属するものが多いです。これらは建設当時から素晴らしい景観を形成する建造物を創って後世に残そうということが主目的だったのでしょうか。建設の背景にある“安全・安心・便利な高い生活水準を求め、それを獲得した”ことが現在にすばらしい景観を残した一因ではないでしょうか。そこで「経済的社会的な安定と生活質の向上」という観点から景観デザインの枠を越えたマネジメント・コンサルティングという「エンジニア・アーキテクトのしごと」を紹介いたします。

1.マネジメント・コンサルティングと景観事業

「マネジメント・コンサルティング」とは、“人・物・金・情報などのリソース(諸資源)を、目的達成のために最良(最適・効率的)に使用する方法や知恵を提供すること”で、業務を依頼され指導・教育訓練、ファシリテーション(進行・運営)、診断・予測、調査・研究、戦略立案・展開支援などを行います。したがって、建設産業での建設コンサルティング(計画・設計)というよりは、ビジネスの世界での経営・戦略コンサルティング(経営戦略・事業展開)の業務に近いです(図−1)。

 

図-1:経営戦略・事業展開の代表的フロー

 

一方、本稿で言う「景観事業」とは、公共・民間を問わずより良い景観を保存あるいは創造するために計画・実施されるさまざまな事業を指します。
私たちが今“すばらしい景観だなあ・・・”と思う眺めで、建造物が関係するものの多くは、歴史的文化的景観に属するものが多いです。世界遺産の「文化遺産」が代表的です。この歴史的文化的景観が現代に至るまで保存継承され、今その価値を評価されるに至った経緯を考えると、はたして建設当時から素晴らしい景観を形成する建造物を創り、後世に残そうということが主目的だったのでしょうか。ちょっと違うのではないかと思います(もちろんそれが主目的だったものもあると思いますが・・・)。“人が生きるのに必要だったから”ではないでしょうか。その必要性とは、外敵から住民を守る城砦・城壁といった国防のため、流行病の感染を防ぐ山腹・丘上の街といった生活維持のため、橋梁・道路・上下水道といった生活利便性向上のためだったのではないでしょうか。そして安全・安心で便利な高い生活水準の場所となり、このことを聞いた人々がさらに集まり、人々によって歴史が刻まれ、結果的に現在では歴史的文化遺産として今私たちがその恩恵にあずかっているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

このように考えると、より良い景観を保全あるいは創造して後世に継承していくためにはその場所で暮らす人々の経済的・安全衛生的・文化的生活が維持・向上されることが必要といえるのではないでしょうか。近年、どちらかというと文化的・歴史的価値を前面に提唱して進められてきた景観事業ですが、これからは「経済的社会的な安定と生活質の向上」をも加味して推進していくことが重要ではないかと考えます。
そこで本稿では、エンジニア・アーキテクトでありマネジメント・コンサルタントでもある筆者の業務を通してマネジメント・コンサルティングと景観事業の関わりとその手法についてご紹介していきます。

 

2.景観事業と住民意識

はじめに筆者が景観研究所からマネジメント・コンサルタントに業務展開を併行化させた出来事を紹介します。
ある地方の田舎町での事です。市町村合併に伴う街づくり事業の一つとして街路景観整備を進めようとしている状況でした。景観調査の一環として地域住民の生活状況を把握しようと街の通りを歩いていると、通りに店を構える店主がポツリと呟きました。“通りがきれいな景色になるのは良い事で住民としてもうれしいよ。ただ、景色が良くなって俺の店の売り上げも増えて生活が楽になるかね・・・?”と。さらに続けて“景色が良くなって生活が楽になるようなら、みんな景色を良くする事業に関心を持って協力もするだろうね・・・”と。
読者の皆さんもこの店主のように考えたことはありますか。また、景観事業に携わるエンジニアやアーキテクトの皆さんはこの問いに“景観を良くする事業といっしょに店主さんもこうしていけばお店も良い方向に向かうと思いますよ・・・”という事業展開シナリオを語ることができるでしょうか。
このできごとを通して、「エンンジニア・アーキテクト」に「ビジネス・コンサルタント」の思考が加わりました。当時から今日までの筆者の行動・スキルアップは省略するとして、現在マネジメント・コンサルタントとして行っている「景観事業に伴うビジネス展開シナリオ立案やその具現化」という業務に関してご紹介していきます。

3.景観事業とビジネス・コンサルティング

まず、業務の全体像を把握できるように事業展開の代表的フローを図−2に示します。図で“茶色”で示した項目は主業務を、“緑色”は「建設系コンサルタント」業務を、“青色”は「ビジネス系コンサルタント」業務を示しています。
一般的には茶色と緑色の業務によって景観事業が展開されていると思いますが、ここに景観事業に伴う「経済的社会的ベネフィットの享受」、いわゆるシナジー効果を狙うビジネス・マネジメント業務が加わることが特徴の一つです。

 

図-2:事業展開の代表的フロー

 

では、どのような利害関係者にどのような利益をもたらすかを推察してみます。「豊かな環境・文化・歴史的価値の保全と創造」を主目的とする景観事業を推進すると共に、どうすれば図−3に示すようなその地で暮らす人々の経済的社会生活が向上することができるのでしょうか。
この課題の答えには、いわゆる「風が吹けば、桶屋が儲かる」展開(強風が吹く→土埃が目に入る→目を悪く(失明)する→三味線弾き(琵琶法師)が増える→三味線が売れる→三味線の胴の猫皮がたくさん必要になる→猫が減る→鼠が増える→鼠が桶をかじって使えない桶が多くなる→桶屋は注文が多くなり儲かる:諸説あり)が役立ちます。つまり、一つの事象を“そうなるとどうなる?”あるいは“なぜ?”を繰り返し、その都度“だからどうする?”と方向性を模索することによってさまざまな展開が考えられ、先の問いの答えも見出せるものと考えます。

 

 

図-3:ステークホルダー・ベネフィット

 

4.ビジネス・コンサルタントが使うスキル

(1)コンサルティング思考

ビジネス・コンサルタントはクライアント(依頼者)の要望・目的達成のために最良(最適・効率的)の手法を見出し、問題解決・意思決定をサポートしていきます。景観事業であるならば“良好な景観が形成されることによって生じる社会変化を予測し、生活する人々と来訪者に提供される利益を最大限にする”手法を見出すことになります。その際に使われる代表的な思考法が以下のものです(図−4)。{詳細な解説は専門書に譲ります。}
a)ロジカル思考〔論理思考〕:樹系図的に関連性を持つような構造で考える思考法。上位・下位階層の間には根拠(So What?/Why So?)の関係を、同一階層間では相互に漏れなく総合的にダブリのない(MECE:Mutually Exclusive Collectively Exhaustive)関係を保持した体系にまとめる。
b)仮説思考:想定されるあらゆる可能性について情報やデータを集めて解を導くのではなく、最初の段階から自分なりの最適解を仮定してこれを立証する思考法。仮説が違った場合はその段階でまた新たな仮説を立て検証していく。
c)コンテキスト思考:現象の裏にある物理的に見えない“背景・前後関係・文脈”などを観察する(観て察する)思考法。
d)インテリジェンス思考:知識や情報を個別に活用するのではなく、文字で表現できない経験知を可視化したり新たな成果(価値)を生み出したりする一連のプロセス的思考法。前記のコンテキスト思考のシナリオ化とも考えられる。

e)アナロジー思考〔類推思考〕:直面している課題や将来予測への対応として“類似する物・現象・世界から本質を推測し適応させる”思考法。表面的な借りてきてまねるではなく、異分野・異業種の本質的な構造やシステムを当てはめる方法。

f)その他

 

 

a)ロジカル思考 b)仮説思考

 

 

c)コンテキスト思考 d)インテリジェンス思考

 

e)アナロジー思考

図-4:ビジネス・コンサルタントの思考

 

(2)フレームワークによる分析・検討

次に、前述の思考法を基に、考えていることを可視化していくために使われるツールが「フレームワーク[Framework]」(枠組み・切り口・構成など)です。
景観事業を推進していく上で活用できると考えられるものをいくつか紹介いたします。
①SWOT分析〔Strength Weakness Opportunity Threat〕:目的達成のために意思決定をする際、自らが置かれている外部環境(マクロ経済・技術進歩・法規制・文化など)と内部環境(財務・体制・人材など)を“強み−弱み”、“機会−脅威”として把握するツール。

② ポジショニング・マップ:提供しようと考えているサービスや商品の目的別位置づけを把握するツール。観点を“軸”に設定するので、軸の設定により位置づけが変わり、さまざまな評価ができる。景観事業では「地方−都市」、「経済効果大−小」、「物・形的−心理的」などを軸にする場合もある。

③ VRIO分析〔Value Rarity Inimitability Organization〕:事業の優位性を維持するために団体のリソースと事業特性を照らし合わせ検討をするツール。景観事業では、対象地域の景観価値・希少性・模倣困難性などを通じて必要な事項・足りない次項を把握し、今後の対応を検討できる。

④ ターゲット分析:提供しようと考えているサービスや商品を提供先ごとに分析するツール。景観事業では保全・継承をも理解し協力・支援する「ロイヤル・ゲスト層」、当地の景観が特に好きな「ファン層」、当地の景観も好きな中の一つという「浮動層」、うわさを聞いてとりあえず来る「その場限り層」に分類してターゲット別の特性把握とその対応を検討する。

⑤ AIDMA分析〔Attention Interest Desire Memory Action〕:購買活動における心理プロセス法則をベースに「消費者の購買活動」と「提供者の販促活動」を加えて分析するツール。景観事業ではすばらしい景観を味わいに来た来訪者の行動特性と景観を管轄する行政や地域住民の活動を検討する上で活用できる。

 

①SWOT分析 ②ポジショニング・マップ

 

③VRIO(自己リソース)分析 ④ターゲット分析

 

⑤AIDMA分析

図-4:ビジネス・フレームワークによる分析(代表例)

 

4.ステークホルダー・ベネフィット検討

(1)ステークホルダー損益の評価

続いて、以上のビジネス・コンサルタント思考とこれを基にしたフレームワークによる検討を時間軸の段階ごとに「ステークホルダー損益想定表」として総括します(表−1)。景観事業の場合、ここで言う“不利益”は“迷惑”と解釈した方が良いと考えます。また、各段階での評価には類似事業からの知恵(知識+経験)が役立ちます。

 

表-1:ステークホルダー損益想定表

 

(2)ステークホルダー・ベネフィット向上の検討

最後に、「ステークホルダー損益想定表」を基に“不利益を削減し、利益を上げる”方策を模索します。景観事業においては、a)感情的満足価値、b)安全的満足価値、c)社会的満足価値、d)経済的満足価値に対して、①地域アイデンティティ、②伝統・話題性、③持続性、④らしさ・こだわり、⑤一貫性、⑥わかりやすさなどの要素を満たす施策を検討します(図−5)。特に、「らしさ・こだわり」は地域住民の意向が反映できる点で重要になります。

 

図-5:ステークホルダーの価値と事業特性

 

ここではアイデアを思いつきとして実行するのではなく、今までの分析・評価を基に具現化していきます。したがって、仮に思ったように進まなかった場合でもその原因を想定との乖離として探ることが容易になり、その時点からの修正策も迅速に進めることができます。さらには、地域住民が景勝地として当地を売り込む「ブランド戦略」、来訪者が求める地域評価を基にした「レピュテイション戦略」、来訪者の感性・感情に訴えかける「エモーション戦略」などを展開していくことで景観事業による経済的社会的効果とその恩恵を享受することができると考えます。
参考までに、海外における地域の良好な景観を活かした経済的社会的施策例を挙げておきます。周辺景観と融和した店舗デザインによる集客戦略、地場産業ならではの個性を活かした街路動線利用戦略、歩道に簡易店舗(ワゴン等)を出店し浮動層顧客の獲得戦略、地域の歴史・文化を継承する個性的出店戦略、地域内を一般車輛走行禁止して路面電車(トラム・ライトレール等)走行にすることによる行動範囲拡大化戦略などが挙げられます。

 

 

 

 

経済効果を生み出す工夫例

 

5.おわりに

本稿では当サイト既掲載内容の景観デザイン計画設計分野とはちょっと違うビジネス・コンサルティングの「エンジニア・アーキテクトのしごと」をご紹介いたしました。
冒頭に登場した店主の問い“景色が良くなって俺の店の売り上げも増えて生活が楽になるかね・・・?”に対して、読者の方々が答えを導く上で参考になることができれば幸いです。
一方、既にお気づきかと思いますが、本稿におきましては実例が挙げられていません。これは“戦略系ビジネス・コンサルタントの業務は、クライアント(依頼者)の経営状況、個人情報、さらには戦略思想までを把握・分析して方向性を提示する業務であることから、クライアントはもちろん事業内容に関してもコンサルタント側から公開しない”ということが通常であることによります。本稿においても実例を挙げず、実例を通して得られた知見を基にした手法論としてご紹介させて頂きました。したがって、不明な点が多々あったかと存じます。この場を借りてお詫び申し上げます。

エンジニア・アーキテクトのしごと

関口 佳司Keiji Sekiguchi

関口佳司マネジメント・コンサルタント&景観研究所|EA協会

資格:

マネジメント・コンサルタント(CMC)

技術士(建設部門)

一級土木施工管理技士

 

略歴:

1959年 埼玉県生まれ

1983年 山梨大学工学部環境整備工学科卒業

同年  鉄道系グループ建設会社入社

2000年 博士(工学)[東京大学]取得

同年  関口佳司景観研究所設立

2005年 関口佳司マネジメント・コンサルタント設立

 

主な著書:

「環境工学公式・モデル・数値集」、「土木技術者のための原価管理」、「土木技術者のための原価管理 問題と解説」、他

 

組織:

関口佳司マネジメント・コンサルタント&景観研究所

代表

〒357-0044 埼玉県飯能市川寺202-8

TEL:042-972-2728

FAX:042-972-2728

HP:http://www.sekiguchikeiji-lab.jp/

 

業務内容:

・学術および技術研究開発業務

(景観、環境、建設技術、各種マネジメント、他)

・建設系コンサルタント業務

(建設マネジメント、空間・土地利用計画、景観街づくり、他)

・ビジネス・コンサルタント業務

(事業戦略・展開、組織・体制改革、人材育成、技術・商品・サービス開発、他)

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