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2011.05.01

01-2|嘉瀬川・石井樋の復元設計 その2

吉村 伸一((株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長)

3.成富兵庫の治水戦略と石井樋の水システム

石井樋は、嘉瀬川から佐賀城下に用水を引く取水施設であると同時に、佐賀城下から洪水を遠ざける治水施設である。なにをもって治水施設といえるのか?

図2を見てみよう。嘉瀬川は山間部を流れて官人橋から下流に扇状地を形成しているが、石井樋は3kmほど下った扇状地の先端部に構築されている。そこから、多布施川を通して佐賀城下に導水していることがわかる。

もう一つ着目すべきことは、嘉瀬川本川が石井樋の地点から西南方向に向きを変えていることである。嘉瀬川(図では川上川)が素直に流れると多布施川を経て佐賀城下を直撃する形になる。佐賀城下に向かおうとする洪水を遠ざけることを意図した河道線形であり、石井樋は治水上要の位置に構築されていることがわかるだろう。

 

図2:嘉瀬川水系図:宮地米蔵監修「佐賀平野の水と土-成富兵庫の水利事業」p133挿図に加筆

 

嘉瀬川の上流部は特異な形状をしている。所々に川幅の狭いくびれをつくり、その上流部に遊水空間を設けているのである。とりわけ石井樋周辺は広大な遊水空間となっており、治水上強固な備えがなされている(図3)。

洪水時には大量の砂が流れてくるため、川底に砂がたまり氾濫リスクが高まる。そこで、成富兵庫は低水路(図3の赤いライン)を設けて流速を上げ、砂を押し流す力を大きくする工夫をしている。低水路沿いには竹林を植え、水勢を殺ぎ、流出物や土砂をふるい落とすといった安全対策を施している。

小出博は、「嘉瀬川と成富兵庫」(佐賀県治山治水協会)の中で、「成富兵庫の治水事業を貫いてみられる根本の論理は、洪水をして走らせず、如何にして歩かせるかにあるように思われる」と述べている。

ようするに、洪水に力で立ち向かうのではなく、洪水をゆっくり流して勢いを小さくするというリスク対策技術である。400年前に成富兵庫が築いた川の形が今も残っているというのは、それだけ考え抜かれた治水戦略であるということであろう。その特徴は「空間防災:リスクの分散」にあるといってよい。こうした戦略的な視点が、今日ますます重要になっていると思う。

 

図3:石井樋周辺河道(遊水地):米軍航空写真(昭和23年撮影)に加筆

 

4.石井樋の骨格は中の島である

こう言うと、石井樋を理解したように思ってしまうのであるが、それだけでは石井樋の水システムをわかったことにはならない。

前号2で述べたように、石井樋には、大井手堰や天狗の鼻、象の鼻、遷宮荒籠や兵庫荒籠など複数の施設が配置されているが、何の意味があってそれらの施設が配置され、どのような機能を発揮しているのか、実は何もわかっていないのである。それがわからないと、石井樋の復元という課題に取り組むことができない。ものの形や配置がシステムとして重要な意味を持っている。成富兵庫の頭の中をのぞく作業に時間を費やした。と言っても、ほとんど資料はない。仮説を立て、検証するという方法をとった。

これまでの研究では、石井樋の施設群の中で何が骨格となっているかが明らかにされていない。筆者の推論によると、それは中の島である。普通の取水施設であれば、河道に堰を設け用水路に導けばよい。なぜ、中の島があるのか。

 

図4:中の島を骨格とする水システム(仮説)

 

図4を見てみよう。多布施川への分水は、原理的には中の島の先端に水を当てるだけで可能である。分水の基本型は中の島の先端に水を当てるという発想にあると考えられる(図4基本型)。大井手堰や天狗の鼻、象の鼻、兵庫荒籠、遷宮荒籠といった施設群の配置は、中の島を基軸に考案されたと見ることができる(図4発展型)

中の島を骨格とした流路構成を見ると、島の周りに嘉瀬川本川、導水路、放水路という三つの流水軸が形成されている。中の島を配置することによって、洪水流を嘉瀬川に戻すシステムになっているのである。

この放水路がなかったらどうであろうか。洪水になると大量の土砂が流れ込んでくる。導水路や多布施川に土砂が堆積してやがて水が流れなくなる。そうならないように、洪水は嘉瀬川本川に戻してしまう。用水はほしい、洪水は来てほしくないという矛盾した要求を、中の島の配置によって成立させているのである。この島がなければ、洪水戻しという流水軸を構成することはできない。

中の島は三角形をなしているが、この形にも重要な意味がある。中の島の嘉瀬川本川側は、西南方向に直線的な形状をなしている。洪水流を制御する役割を中の島が果たしているということである。

中の島が果たしている治水上きわめて重要な役割はもう一つある。石井樋(樋門)の前面に位置して本堤防の弱点を補っているという点である。多布施川に水を引く石井樋(樋門)は、本堤防の下をくりぬいて設置されている。南下してくる洪水をまともに受け止める位置・方向に取水地点を設けているのである。堤防が切れるリスクが高い。この島がなければ,嘉瀬川本川の洪水は石井樋(樋門)を抱えた堤防を直接おそう形になる。中の島は、取水口と本堤防を守る防護施設であり、取水と治水の要であるといえる。

 

写真6:復元した天狗の鼻(手前)と象の鼻・野越(奥)

 

この作業の中で、発見確認したことを一つ触れておきたい。

天狗の鼻の上流に象の鼻が配置されている(写真6)。嘉瀬川は洪水時に大量の土砂を運んでくる。この土砂が多布施川に流れ込み堆積すると導水することが困難になる。したがって、土砂対策は重要な命題であったが、象の鼻は土砂分離を目的として配置されたと考えられる。

象の鼻の付け根に野越(ノコシ:常時水面より少し高い程度の越流施設)が配置されているが、この野越が砂の流入を軽減する機能を発揮するのである。と言われても何のことやらわからないと思う。水理模型実験(建設技術研究所)で検証した。洪水になると象の鼻先端部から大量の水(土砂)が導水路に流れ込むようになるが、野越から越流を開始すると嘉瀬川本川からの流入水が止まるのである。小さな水の流れをつくることによって、大きな水の流れを止める(写真7)。水をもって水を制する。不思議に思うかもしれないが、本当に止まる。砂の流入を抑制するユニークな機能を発揮しているのが、象の鼻・野越である。

 

設計と何か関係があるのかと思われるかもしれないが、石井樋とは中の島を骨格とする水システムであるという到達点というか、そのように理解することによって、人為的な施設配置によって形成された水システムと空間の姿が、私の頭の中でようやく浮かび上がってきたのである。

次回、復元設計について書きます。

 

写真7:象の鼻・野越の機能に関する水理模型実験。このあと、野越がある場合とない場合の土砂堆積量の違いについても検証した。

 

エンジニア・アーキテクトのしごと

吉村 伸一Shinichi Yoshimura

(株)吉村伸一流域計画室|EA協会 副会長

資格:
技術士(建設部門:河川、砂防および海岸海洋)

技術士(環境部門:自然環境保全)

特別上級技術者[流域・都市](土木学会)

 

略歴:
1948年 北海道生まれ、石狩川流域人

1971年 室蘭工業大学土木工学科卒業

1971年 横浜市役所 勤務

1998年 吉村伸一流域計画室設立、代表取締役

 

主な受賞歴:
2005年 土木学会デザイン賞 最優秀賞(和泉川/東山の水辺・関ヶ原の水辺)

2008年 土木学会デザイン賞 優秀賞(嘉瀬川・石井樋地区歴史的水辺整備事業)

2011年 土木学会デザイン賞 優秀賞(いたち川の自然復元と景観デザイン)

 

主な著書:
日本文化の空間学(東信堂、2008、共著)

多自然型川づくりを超えて(学芸出版社、2007、共著)

多自然川づくりポイントブック(日本河川協会、2011、共著)

図説・日本の河川(朝倉書店、2010、共著)

川の百科事典(丸善、2009、共著)

川・人・街-川を活かしたまちづくり(山海堂、2001、共著)

自然環境復元の技術(朝倉書店、1992、共著)

 

組織:
(株)吉村伸一流域計画室

代表取締役 吉村伸一

〒231-0053 神奈川県横浜市中区曙町3-42-604

TEL:045-334-7760

FAX:045-334-7761

 

業務内容:
・河川の自然復元および景観デザインに関わる研究、計画、設計

・川づくり、まちづくりに関わるコンサルタント業務

・市民参加、合意形成マネジメント

・その他上記に付帯する業務

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