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2011.06.01

02-2|熊本駅周辺の都市デザイン その2:街路のデザイン

星野 裕司(熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科|EA協会)

前回は,熊本駅周辺における取組の概要とコンセプトについて述べた。要点は,地元の若手学識者を中心としたWGによる密なコミュニケーションをとっていく仕組みと,「景」という人の目線から見たトータルな空間としてデザインを考えて行こうというものであった。これからは,具体的なデザインの考え方について述べていきたい。今回は,「木立の景」,街路のデザインである。

 

木立の景(熊本駅城山線)の概要

「木立の景」は,駅周辺を線路と平行に南北へ縦断する電車通りに与えられたコンセプトであるが,東口駅前広場より北側の熊本駅北部線は,私たちが関わり始めた時にはすでに完成済みであり,駅広より南側,熊本駅城山線がデザイン調整の対象となった。
城山線は,駅前広場から合同庁舎を結ぶ表通りとなる。延長600mの線形は緩やかに曲がり,片側2車線で歩道幅員は6m,市電が走る電車通りである(図1)。ただし,道路中央を市電が走るのではなく,サイドリザベーションという方式によって,西側の歩道沿いに市電が走るのが大きな特徴である。このような街路に対して,「デザインガイド」では,“地域とつくる木立のなかを市電が走る空間”というテーマが与えられた。いわば,市電の走る「森の都」としての熊本を象徴する街路である。さて,どうするか。

 

図1 熊本駅城山線の概要

 

デザインの考え方

一般的には,ケヤキなどの大木を列植して並木道をつくるのが常道だろう。しかし,立派な並木道をつくるためには,いくつかの条件がある。できるだけ真っ直ぐな線形,左右対称な断面構成,車両乗り入れなどで途切れない植栽帯,など。城山線がそれらの条件を満たしているとは考えづらく,さらには,そのやり方ではサイドリザベーションなどの特徴を活かすことはできない。人の目線から捉えたトータルな空間(「景」)として,木立をつくるユニークなデザインを考える必要がある。
そこで,全く異なる発想,つまり,まず木立があり,その中を道が通り,建物ができる,というイメージから街路のデザインを行った。すなわち,歩道の有効幅員4mを確保しつつ,異なる樹種をランダムに配置したのである。具体的には,クスノキ,ケヤキ,イチョウという大木を主景木として20~30mの間隔で,街路全体に三角形を形成するように配置し,その間を埋めるようにヤマボウシやサルスベリ,モクセイなどの花や香りが楽しい樹種を添景木として配置していった。これは,庭園的な手法を参考にしたもので,人の目線(「景」)の中に,常にさまざまな木立が現れながら,空間に広がりと奥行きを与える。主景木間を,通常の街路樹の倍以上の間隔としたのは,それぞれの主景木が,自然に成長でき,美しい樹形を見せるために必要であったからである(大切に植えた樹が,交通安全のために丸坊主にされては悲しい)。逆に言えば,常に木々が目に入る庭園的な配植が,樹間を広げることを可能としたのである。

 

図2:概念図と「木立の景」の現況

 

行政の熱意

このような配植では,樹1本1本のかたちや植える場所の微妙な位置によって,空間の印象を大きく変えてしまう。そのため,設計の段階ではまず,さまざまな木々のイラストをOHPにプリントし,十字に組み合わせて,木々の表情が出る模型を工夫しつつ,VRなどと併せて細かな検討を行い,材料検査では,ほぼすべて木々を,熊本市内から阿蘇や波野,菊池まで,多くの苗畑を巡って選りすぐった。最後に施工にあたっては,設計で決めた植栽位置を目安に,すべて現場で再調整を行った。
このようなことが可能となったのは,地元の人間が中心となったWGという組織があったからだが,それを最大限に活用した,行政担当者の熱意によるところが大きい。完成1か月後,行政担当者から,うれしいことを聞いた。「こんなに大きな道路改造を行い,1か月経過しても,交通事故がドライバーの前方不注意の一つしかない,これは大変な成績」だと,県警が褒めてくれたというのである。デザインWGとの調整,道路管理者との調整,市電を走らす交通局との調整,さまざまな調整を最後まで粘り強く行った行政担当者の熱意は,どこにもない街路景観を創出しただけではなく,道路としての基本的な性能も当然ながら優れたものとしたのである。

 

図3 模型を使った検討と苗畑検査

 

「木立の景」のこれから

しかし,「木立の景」はまだ完成していない。三角形をつないでいく配植は,街路に広がりと奥行きを与えるだけではなく,もう一つ重要な意味がある。それは,街路の中で完結しないということだ。現状では空き地の多い沿道だが,それらの敷地が開発されるとき,「せっかく緑が豊かな街路に面しているのだから,公開空地に1本ぐらい木を植えようかな」と開発者を促せれば,そこにまた新しい三角形が生まれるのである。そしてまた次の開発者が・・・。というように連鎖していくことによって,城山線の木立は駅周辺全体を覆っていく。これが私たちの目指す「木立の景」である。実際,西沢立衛氏設計の東口広場においても,熊本アートポリスのプロポーザル時にはなかった植栽が,「木立の景」との調整の中で植えられることとなった。街路などの公共空間は,街の一部しか作ることはできない。また,ひとつの街をつくるにあたって,すべての要素を,規制することも拘束することも不可能だ。では私たちに何ができるのか。それは,いつでも新しい人々が参加でき,新しい楽器や演奏が組み合わさっていけるような,ひとつのトーンをつくって行くことではないかと思う。

 

図4 熊本駅前電停から見た「木立の景」

 

図5 公開空地(合同庁舎)とつくる木立とこれから拡がる木立

 

エンジニア・アーキテクトのしごと

星野 裕司Yuji Hoshino

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター/工学部土木建築学科|EA協会

資格:

博士(工学)、1級建築士

 

略歴:

1971年 東京生まれ

1994年 東京大学工学部土木工学科卒業

1996年 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻 修士課程修了

1996年 (株)アプル総合計画事務所 勤務

1999年 熊本大学工学部 助手

2005年 博士(工学)取得(東京大学)

2006年 熊本大学大学院自然科学研究科 准教授

 

主な受賞歴:

2012年 グッドデザイン賞サステナブルデザイン賞 受賞

2011年 第25回公共の色彩賞 入選 (熊本駅周辺地域都市空間デザイン)

2009年 深谷通信所跡地利用アイデアコンペ 専門部門 優秀賞

2009年 平和大橋歩道橋デザイン提案競技 入選

2003年度 土木学会論文奨励賞 受賞

 

主な著書:

「風景のとらえ方・つくり方」(共著、共立出版、2008)

「川の百科事典」(共著、丸善、2008)

 

組織:

熊本大学

〒860-0555 熊本県熊本市中央区黒髪2-39-1

TEL:096-342-3602

FAX:096-342-3507

HP:http://www.civil.kumamoto-u.ac.jp/keikan/

 

業務内容:

・景観デザイン・まちづくりに関する研究および事業支援

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