SERIAL/ all

2011.08.01

04|堀川運河の修復・整備-土木遺産保存事例①-

矢野 和之((株)文化財保存計画協会|EA協会)

写真1 堀川運河護岸

 

図1 堀川運河と工事箇所位置図

 

図2 年表
宮崎県日南市油津地区にある堀川運河は、飫肥藩により天和3年(1683)から貞享3年(1686)にかけて開削された約1キロメートルの運河である。江戸時代、船舶用材として需要の高かった飫肥杉を、河口を経ずに油津港へ運ぶためのものであった。
江戸時代は、運河に面する御船倉や港の近くなど重要な部分以外は素掘りの運河であっただろうが、明治、大正、昭和初期には石垣護岸となっていったと考えられる。明治36年(1903)には、運河を跨ぐ堀川橋が石造アーチ橋で造られた。石垣護岸と石造アーチ橋はそれまでの運河の景観を一変させたと思われる。また、大正7年(1918)から14年にかけて油津港は農商務省の補助事業で、漁港整備が行われ、昭和8年から11年には内務省の補助事業で、港湾整備が行われ、マグロ基地としても有名となった。
ここで、特筆に価するのは、護岸石垣のほとんどが民活によるものであったことである。運河に接する土地の所有者が、宮崎県に簡単な図と仕様書と積算書をもって申請し、石垣を築いていった。運河に沿っては貯木場や製材所があり、木材の積み下ろしのための斜路が設けられた。これら一連の公文書が、宮崎県公文書館や宮崎県油津港湾事務所に残っており、当時の工事の状況が手に取るように分かる。
日本の運河開削は古代からの歴史があるが、本格的に行われるのは近世からで、堀川運河もその一つであるが、木材運搬目的としては貴重な存在といえる。また、それが近代になって再整備され、生き続けたという事実も評価に値する。近世の運河としての歴史的価値と日本の近代化を支えた土木遺産としての価値、そして、水辺の景観としての価値(潜在的価値)がある。しかし、戦後、石垣護岸の前面にはコンクリートによる補強がなされ、木材産業の衰退と供に、かってあった活気に満ちた景観が失われていき、雑然とした景観となっており、埋め立ての危機に瀕したが、市民の運動により回避された。
これらの状況のなかで、国土交通省(当時運輸省)の歴史的港湾環境創造事業が企画され、工事が始まった。歴史的港湾の整備事業であるからには、堀川運河の歴史的価値を十分引き出しながら、豊かな水辺の空間を市民に提供することが必要である。我々が関わる前の初期の工事は必ずしもこの考えではなかったが、新たな方針として、石垣の前面に張られたコンクリートを外し、緩み孕みのみられる石垣を解体修理することで、石垣そのものの歴史的価値を担保し、併せて築造当時の景観を甦らせることとした。この中で国登録文化財に登録され、単なる整備ではなく、文化財としての修理という側面を併せ持つことが明確になった。加えて遊歩道や広場の整備など景観デザインなどの専門集団がはいり、油津地区のまちづくり活動や日南市が組織する「景観デザイン会議」の検討を経てレベルの高い整備が可能となった。
文化遺産の修理は、史料調査、現状調査、技法調査、発掘調査、工学調査などの詳細な調査から始まり、構造的な安全性の担保も求められる。必ずしも一致しない条件設定をクリアすることが求められるのである。
護岸石垣は砂岩の間知石の空積みであり、材料・工法とも従来のものに倣うというのが、文化遺産修理の原則である。ここで、「砂岩は地元での入手が不可能」、「空積が出来る石工がいない」、そして「空積では港湾の規格を満足できない」という3つの課題が生じた。
第一の課題については、長崎県の諫早地方の砂岩がほぼ同じ質であり、現在も産出していることから解決した。第二の課題は、地元石工が辛うじて見つかったが、「空積をやったのはもう何十年も前のことで自信がない」ということであったので、城郭の石垣修理を扱っている熟練者に参加してもらい、工事を推進することとした。一緒に作業をするうち、地元の石工が勘を戻し、工事が進捗していった。地元に空積技術を残していくことは重要なことである。第三の課題は石垣背後に矢板を打つことで解決した。
ここで使われている間知石積で谷積みの技法は、江戸末期頃から始まった比較的新しいもので、石材が標準化され、施工速度が速いので、明治時代以来全国で盛行した。今回修復したのは大正の石垣と昭和の時期の石垣であったが、大正と昭和初期の石垣を比べると、大正の構成材が比較的不揃いではあるが大きく、石垣自体しっかりとできており、基礎には、杉の胴木が使われていた。
図3 工事の内容
石垣としては比較的新しい技法であるといっても、コンクリートやセメントを使う練り積みと比べてみると、空石積みには「ほんもの」の緊張感があり、石垣修復後の水辺の空間がそれなりの存在感を取り戻してきたことが分かる。つまり、歴史遺産、文化遺産を活用する場合、材料・工法の真実性(オーセンティシティ)を重視することが、学術的価値を確保するだけでなく、「ほんもの」のもつ迫力を市民に訴えかける力となるのである。「元あった価値・魅力を最大限に引き出す」ことが、文化遺産を扱う設計者のつとめである。
文化遺産としての修復と新たな運河環境創造を目指した整備などを一体とし、文化財専門家、土木専門家、景観デザイナーなどが協働し、かつ、油津港湾事務所・日南市・周辺住民など、官民の協力が成功したのが本事業の特徴である。
 
左:写真2 修理石垣詳細(D区間)  右:写真3 左岸上揚場(B区間)
 
左:写真4 修理石垣と広場(K区間) 右:写真5 揚場とボードデッキ(P区間)

エンジニア・アーキテクトのしごと

矢野 和之Kazuyuki Yano

(株)文化財保存計画協会|EA協会

資格:

文化財建造物修理主任技術者 上級

 

略歴:

1946年 熊本生まれ

1969年 武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科卒業

1971年 武蔵工業大学大学院工学研究科(建築学) 修士課程修了

1974年 株式会社破風工房・造形研究室 代表取締役

1977年 武蔵工業大学大学院工学研究科(建築学) 博士課程満期退学

1988年 株式会社文化財保存計画協会 代表取締役

 

主な受賞歴:

平成23年度 第18回 いしかわ景観賞「山代温泉総湯・古総湯・湯の曲輪」

平成23年度 北海道赤レンガ建築賞「箱館奉行所」

土木学会デザイン賞2010 最優秀賞「油津 堀川運河」

グッドデザイン賞2010「広場/旧佐渡鉱山 北沢地区工作工場群跡地広場および大間地区大間港広場」

第22回長野市景観賞2009「長野市立博物館付属施設門前商家ちょっ蔵おいらい館」

第10回仙台市都市景観特別賞2008「仙台城跡からの眺望と石垣修復事業」

第5回銅を用いた優れた建築のコンクール1997 第一位 「西都原古代生活体験館(宮崎県)」

 

主な著書:

空間流離

甦る古墳文化

歴史のまちのみちづくり(共著)

都市の水辺をデザインする(共著)

パッシブ設計手法事典(共著)

歴史を未来につなぐまちづくり・みちづくり(共著)

歴史的土木構造物の保全(共著)

 

組織:

(株)文化財保存計画協会

〒101-0003 東京都千代田区一ツ橋2-5-5岩波書店一ツ橋ビル

TEL:03-5276-8200

FAX:03-5276-8201

HP:http://www.b-hozon.co.jp/

 

業務内容:

・文化財建造物等保存修理に伴う調査、設計監理

・文化財建造物の保存活用計画、史跡等および文化的景観の保存管理計画策定

・史跡等の保存修理・保存整備に伴う調査、設計監理

・登録文化財(建造物)保存修理に伴う技術指導、設計監理

・文化財建造物の耐震診断に伴う技術指導

・文化財保存及び見学施設、博物館等の設計監理

・町並み調査および保存管理計画策定

・文化財の技法調査および保存技術、保存計画手法の研究

・海外の文化遺産保存の技術協力

SPECIAL ISSUE

土木における技術の継承を考える

2011.12.03

文化財における伝統技能の継承

SERIAL

エンジニア・アーキテクトのしごと

2011.08.01

04|堀川運河の修復・整備-土木遺産保存事例①-

WORKS

講演会用写真(矢野)